2012年8月4日土曜日

秀林村が台風で被害を受けました!日本の皆さん、支援物資・義援金をお願いします!!


















8月2日未明、台風9号が台湾・花蓮の秀林に上陸しました。台風は秀林上空で旋回しながら時速9キロというゆっくりとしたスピードで通過していきました。秀林村では1000ミリを超える豪雨となり、新城山が崩落。土石流が秀林村を襲いました。秀林村の住民は、その大半が太魯閣族の人々です。主な産業は農業ですが、今回の台風で畑も壊滅的な被害を受けました。私はこの村に住む日本人ですが、太魯閣族の人達は決して裕福な生活をしている訳ではなく、また、今回の台風被害に関しても、台湾政府は大都市台北やその...
周辺の救援活動が中心となっており、原住民中心の小さな村の秀林村にまで支援の手は届いておりません。311の際、秀林村の人々も日本に支援の手を差し伸べてくださいました。日本人には馴染みの薄い、花蓮・秀林村かも知れませんが、今、この村に支援を求める人達がおられます。まず、物資で不足しておりますのが、衣料品(夏物)、下着(男女)、サンダル、文具(台湾では9月から新学期ですが、多くの子供たちが文具用品を流されました)、長靴が不足しております。そして、現金も必要です。畑が流され、栽培していたフルーツ、野菜が全滅してしまい、明日からの生活をどうすればよいかという状態の方も沢山おられます。また、家具・家電製品は全て泥で埋まり、使い物になりません。支援物資・義援金を日本の皆さんにお願いします。今度は皆さんが台湾を助けてください。秀林村の人達を助けてください。ご協力いただける方は、まずは、お送り頂ける内容(支援物資の場合は物資の内容と数量、義援金の場合は、義援金とだけ)をメールしてください。私のメルアドは、alang.bsuring@gmail.comです。お送り頂いた物資・義援金は、秀林村村長 金 清彩さんに直接お渡しします。また、お送り頂いた物資・義援金のその後についても随時、ご報告させて頂きます。皆さんの愛の手を秀林村の皆さんにお願いします。

2012年7月9日月曜日

この世に正解なんぞないんやで!


何事も「正解」はどれだと追及したがる人がおる。別に悪い事ではないが、この世の中、考えようによっては、「これが正解だ」と言えるものなどないとも言える。
その人にとっては正解であっても、自分にとっては???と思える事もある。
よく世間では、「こうすればあなたも成功者になれる」とか「これを実践すればお金持ちになれる」とか「ここを直せばあなたは幸せになれる」といった内容の書籍や講義が沢山あるようだが、では、その教えをそのまま実践すれば本当にすべての人がそのとおりになるのか疑問に思える。何故ならば、そのとおりにして、全員が成功者・お金持ち・幸せになれるなら、この世の中、全員が成功者であり、お金持ちであり、幸せ者だらけになっているはずだ。
生きていく上でのヒントにはなるだろうが、あくまでもヒントはヒントにしか過ぎない事を忘れてはいけない。
昔から「失敗は成功の元」と言うが、失敗から学ぶ事は本当に多い。失敗しない人は成功も出来ない。失敗した数だけ、人は成長する。

一番大切な事はな、自然体で生きていく事だと吾輩は思うな。変な見栄は張らず、知ったかぶりもせず、謙虚な気持ちで生きていく事が大切ではないかなあ。

正解はどこだと探す前に、自分にとって自然体とはどの様な生き方なのかを考えるほうが良いと思うけどな。

ちょっとだけ、肩の力抜いてごらん。大きく深呼吸して、今の自分が抱えているすべての問題を一旦、横に置いて、自分が将来「こうなりたいなあ」という姿を想像してごらん。
空想の世界にほんの一時、我が身を置いてごらん。それからまた、現実に戻って、改めて今の問題に向き合えば、新しい方法が見いだせるかも知れんぞ。
人生に正解などないと思えばいい。ただ一つ正解があるとするならば、それは、今、生きているという事だ。そして、今、この一瞬を大切にしていけば、明日という日が必ず開けるという事だ。


今日の秀林部落は朝からとても天気がいい。ここ最近、晴天続きだ。今日の吾輩は、昨日に比べて雲もなく、ほんのわずかだが、頂上が顔をだしている。こんな日は吾輩も嬉しいが、旦那がそれ以上に嬉しいらしい。旦那という奴は本当に変わった奴で、「月曜日からトンガリ山の頂上が顔を出している。こりゃ、今週はいい事あるぞ!」と単純に喜んでいる。まあ、前向きなところは褒めてやるとするか。



諸君も前向きに今週を過ごして欲しい。いい事ばかりが続くはずもないのが人生。いい事と悪い事がバランス取れているからこそ人生。でもな、物は考えようだぞ。悪い事が起こって、「あー、悪い事が起こってしまった」と嘆くのも人生なら、「悪い事が起こったけど、これも何かの警告なのかもしれない。今、ここで気付かせてもらえたからこそ、この程度で済んだ。よかった。ありがとう」と思えれば、悪い事が良い経験へと変わる。経験ほど強いものはないぞ。どれだけ知識のある人間でも、経験のない人間は単なる机上論しか述べることが出来ず、薄っぺらな人間でしかないけど、経験を積んだ人間の言う事は、多くを語らなくても、難しいデーターを並べなくても、説得力があり、納得ができるものである。









2012年7月8日日曜日

感情的になって交渉したらアカンで!


人は生きていく上で、様々な場面で交渉を行っている。ビジネスの場面での交渉はもちろんの事、私生活においても交渉を行っている。
人が交渉という行為をするのは、皆、それぞれに価値観の違う者同士が生きているから、当然の行為として交渉を行う。
しかし、この交渉で一番厄介なのは、感情を出して交渉を行う人だ。
日本人はどうしても交渉事に感情を持ち込むケースが多いようだ。まずは、責任者の謝罪を求める。会社側の謝罪を求める。謝罪に誠意がないと感じると、何度も何度も謝罪を求める。
そして、「いったいどうやって責任を取ってくれるんだ」と一方的に相手を責め立てる。
最後は「法的手段に訴える」という脅し文句がおまけとしてついてくる。
これは交渉とは言えない。
交渉を行うのなら、まず、この交渉で何を求めるのかを見定め、その最終目標を達成する事だけに専念しなければならない。
例えば、賠償金を求めるのならば、その事だけに集中し、さっさと交渉に入るべきではないだろうか。責任者・会社に謝罪を求めたところで、それは最終目的である賠償金に何ら影響をもたらさない。その時間が無駄なだけである。
非常にシビアな対応に思えるかもしれないが、結果的にその方が双方にとって良い結果を生み出せる。
それと、交渉するにあたっては、決して、自分の言い分を100%相手に押し付けるだけでは交渉にならない。
例えば、商品の価格交渉をする際に、自分達はこの価格で商品を販売したいと考えている。しかし、先方からの希望購入価格がかなり安かった場合、日本人は「無理です」「無理です」の一点張りである。これでは交渉にもならない。如何に自分の希望価格に近い価格で決着をつけるかという事に知恵を使おうとしない。交渉は相手のあること。故に、絶対と言っていいほど、自分達の思い通りには進まないものだ。相手の立場も考慮に入れ、双方が歩み寄れる点を見つけ出す事が交渉である。また、逆もまた真なりで、ある程度交渉を続けていたが、そうしてもお互いの接点(妥協点ではない)が見つけ出せない時は、思い切って、交渉を打ち切るという決断もまた必要となる。
台湾人社会で生きている旦那は、台湾人交渉術を学んできた。故に、どうも、日本人との交渉では、相手の真意がなかなか見えないと愚痴っていた。日本人は非常に曖昧という事が好きなようだな。日本国内のビジネスではそれでも良いだろうが、国際ビジネスとなると、この日本人の曖昧に頭を痛めているそうだ。日本語には通訳不能の言葉も多く、それを商談で連発された時には、いったい、相手が何を言いたいのかさえもわからない時があるようだ。しかし、台湾側も日本側も、旦那を日本人として見ているから、日本側としては「同じ日本人なんだからわかって当たり前だろう」と思うし、台湾側としては「同じ日本人としてどうして相手の趣旨がわからない」と思うそうだ。
しかし、旦那に言わせれば、自分は日本人の皮を被った、台湾人だ!と言いたいそうだ。

まあ、これから諸君も様々な場面で交渉を行うだろうが、まずは、その交渉の最終目標はどこかをしっかりと見定め、それにのみ専念する事と、相手の立場も理解し、お互いの接点を見つけ出す事に専念するべきだと吾輩は思うのだがな。

ところで、話は全く変わるが、昨日は七夕だったな。吾輩の秀林部落の夜空には、無数の星が出ておった。吾輩も旦那や嫁達と一緒に、天の川を探したが、結局見つからなかった。
どこにいったのだろう???

今日は吾輩は相変わらずだが、秀林部落自体は非常に良い天気だった。途中、吾輩の後ろの方の山々から雷音が聞こえていたが、秀林部落にまでは来なかったようだ。



秀林部落の隣の順安部落では朝からお祭りがあったようで、派手に爆竹がなっていた。そう言えば、順安部落には廟があったなあ。きっとあそこの神様のお祭りだったのだろう。
吾輩の顔の周りの雲さえなければ、見ることが出来たのに。残念だ・・・・・・・。









2012年7月7日土曜日

アホになってみ!


まずは訂正。上の写真で「色んな事で」とあるが、「色んな事が」の間違いだった。
「アホ」=「バカ」の事だが、人間、アホに成りきる事は簡単なようで非常に難しい事だ。
勘違いしてはいかんぞ。本当の「アホ」はダメだ。
知識も知恵もある。しかし、決してそれを自慢することなく、きちんと人の意見にも耳を傾ける姿勢、心が大切だな。人というのはどうしても自分が知っている事については雄弁になりがちで、人の意見を聞こうとしない傾向があるようだな。
また、昨日も書いたが、知らない事、わからない事を人に聞くという事が恥だと思い込んでいる人も多いようだな。特に、高学歴の人や、それなりに、地位や名誉を得た人ほど人に意見を聴いたり、人に質問するという事が苦手なようだ。
でもな、「自分は、自分の専門分野以外の事についてはほとんど何も知らない、アホです」と思えたら強いで。それにな、自分の専門分野では、自分は専門家だと思っている人も、吾輩から見れば、「専門家バカ」にしか見えん人もいる。意外と専門家というのは自分の固定観念で物事を見る傾向があるので、全くの素人がその固定観念に疑問を持って、質問するとすごい剣幕で怒り出す人もいる。でも、素人故に、専門家には見えない疑問点が見える事だってあるんだな。そして、そこに、新技術のヒントがあったりするんだよな。

何でもいいから、「アホ」のなってごらん。今まで知らなかった事が沢山吸収出来て、そりゃ、人生楽しいもんになるよ。

ところで、今日は七夕だな。日本では各地で雨、曇りといった情報が入っているが、吾輩の花蓮は今のところ晴れている。吾輩の周りは相変わらず雲で覆われているが、いつもの様に、太平洋側は晴れている。
今夜はうまくいけば天の川を見る事が出来るかも知れんな。



旦那の方は、今日もバナナジャム作りをやっておったな。とことんこだわっているようだ。どうやらアップルバナナジャムの方が今までの出来ではどうしても満足がいかなかったらしく、今日、やっと、満足のいくジャムが出来たようだ。完熟度合いにこだわった様だな。
新しい物を作り出す限り、こだわりは持ち続けなければいけない。妥協して製品を作り、失敗した時には後悔が残る。しかし、一切の妥協を残さず、完全に満足のいく製品を作り出し、それで失敗した時は、諦めもつくし、逆に、さらなる改良を行おうと努力もする。
いよいよ今月末の発売を目指して、大きく前進といったところだな。






2012年7月6日金曜日

わからんことは聞かんと一生わからんままやで!


大人になると、知らないことを人に聞くということが恥ずかしいことだと勘違いしてする人が増えるのは何故だろうな。子供の頃はあんなに素直に何でも質問出来た事が、いつの頃か、それが出来なくなる。知らないのに知ったふりをして恥をかく。恥をかくのはまだいいが、知ったふりのままでいる人がおるな。これが一番困ったちゃんなのだ。
知らない土地を旅して道に迷ったら人に聞くよな。それと同じだ。何でも知っている人などこの世に存在しない。いや、知らないことのほうが多いはずだ。だったら、恥ずかしがらずに聞けばいい。
知らないままにするよりも、何十回でも判るまで聞いて、自分の知識・知恵にした方が良い。

例の日本人の旦那も、今まで生きてきた道とはまったく違う世界に飛び込んだ。今年52歳になる旦那が、今までに経験もしたことのない世界。わからないことだらけ。自分一人で試行錯誤することも大切だが、知識・知恵のある人に教えてもらう事の大切さを旦那は知ったんだな。
だから、予定よりも早く方法論を見つけ出す事が出来た。もちろんここで大切なのは、教わった事をそのまま真似だけしていてはいけない。そこに如何に自分なりのエキスを注入するかが大切だ。

新しい事にチャレンジするのに、年齢・性別は関係ないぞ。大切なのは、やる気と勇気とそして、聞くことを恥だと思わない心だ。

わからんことは知っている人にどんどん質問していこう。そして、理解できたら、そこに自分なりのエキスを注入して、新しい物を生み出せばいい。

人間って羨ましい。言葉という最高の道具を持ち、聞いて理解するという能力を持ち、さらに、得た知識・知恵をさらに進化させる事のできる能力も兼ね備えている。
これは人間という生き物だけが成せる素晴らしい力だと吾輩は思うな。

さて、話は変わるが、今日の秀林は、昨日の吾輩の予想を裏切って、見事に晴れた。夜から急に風向きが変わった。一面雲に覆われていた夜空が、風向きの変化で一気に雲が散り、見事な星空へと変わっていった。夏の星座が秀林の夜空一面に広がっておった。
月光も非常に明るく、昨日の秀林の夜は明るかったなあ。
夜には吾輩の周りを覆っていた雲もなくなり、吾輩のシルエットがきれいに夜の秀林に浮かび上がっておった。皆にも見せたかった。

明けて今朝の吾輩はというと、いつものように雲が・・・・・・・・。
しかし、太平洋側は少々霞んではおったが、晴れていた。



明日の天気は・・・・・・いや、予想は止めておこう。朝を迎えるまでの楽しみにしておこう。
そう言えば明日は七夕だったな。台湾では、「恋人節」という。第二のバレンタインだな。
天の川がみれるといいな。